2012年2月1日水曜日

「春節帰省恐怖族」、知っていますか。


「春運」とは、中国の春節・旧正月前後の旅客運輸体制のことです。今年の春節を挟んだ40日間、帰省客によるバス、鉄道などの交通機関利用回数は過去最高の延べ31億5800万回に上る見通しだということです。 家に帰るため、列車やバスのチケット争奪戦に悩む人が少なくないんですが、そういう人たちは「春節帰省恐怖族」と呼ばれています。

ある民間協会は北京、上海、広州など6大都市の人々に対し、里帰りするかどうかアンケート調査を行ったところ、約70%の人が「帰省列車の切符確保が大変だ」「遠過ぎる」などの理由を挙げ、里帰りをためらっていると答えました。一方、ミニブログ(中国版ツイッター)でも同じ話題の書き込みが殺到。「なぜ帰省に恐怖を感じる?」という質問に、8つの選択肢があり、それぞれの割合は以下の通りです。飲み会合戦―疲れる(8.16%)、帰省ラッシュにストレス―恐怖(10.19%)、親に結婚を急がされる―窮屈(8.8%)、交際費がかさむ―面倒くさい(14.65%)、懐が寒い―メンツが立たない(25.56%)、出世してない―恥ずかしい(18.67%)、休暇後の仕事復帰が憂うつ―つらい(7.77%)、その他(6.2%)。

昨日のニュースによると、帰省のために、ある新婚夫婦の4ヶ月の給料がかかりました。だから、奥さんはご主人に怨み言を言って、けんかしたので、昨日自殺しました。本来の嬉しい帰省は悲劇になりました。

2012年1月31日火曜日

なばなの里



なばなの里(なばなのさと)は、三重県桑名市長島町駒江にある植物園である。長島観光開発株式会社の運営するナガシマリゾートの一施設である。
里内には8店舗のレストランがあり(長島地ビール園、ベーカリーレストラン「マルセイユ」、イタリアンレストラン「麦」、とんかつ「かつ○」、中国料理「桃仙」、日本料理「翡翠」、「カフェ・ラ・テラス」、麺料理「芭蕉庵」)、他にもベーカリーショップ10・2・5(テンツーファイブ)や、売店の「村の市」では特産品や地ビール、お土産などを購入できる。また長島温泉を利用した日帰り温泉施設「里の湯」がある。隣接している東海地区最大級の「花市場」(地元の野菜や季節のお花が買える)がある。
入村料には1000円のなばなクーポンが付加されている。なばなクーポンはアイランド富士と花市場を除く里内の全施設で利用できる。また、なばなクーポンは購入当日に全て使い切る必要はなく、有効期限内であれば次に来場した際に利用することも可能である。

2012年1月30日月曜日

お薦め---------ダイエットのつまみ

黒くて棒状で何にと思うの。


                      これは蒟蒻のお菓子ですよ。

                                            最近私はこれはまっているよ。
                      歯こたえがあるし,カロリーも低いから,

                      つまみとして一番ふさわしかったよ。
                        味がね。十種類もある。
                       辛口,黒胡椒,緑茶,などなど

                私は辛口が一番だよ。ピリピリして,なんと止まらなくて,
                       しらないうちに食べてしまった!ヒヒ~
                    ダイエットしたい皆様,蒟蒻つまみお薦めですよ。




2012年1月26日木曜日

今日のお菓子

伝説のバームクーヘン,マダムブリュレはやっと食べれた。甘くて,美味しかった。近年,沢山のお菓子ブームがあった。堂島ロールや花畑牧場の生キャラメルやホットソフトクリームなど,私は全然ついていない感じする。よい商売するために,アイデアは大事だよね。普段と違う発想は成功できる鍵である。日本の強さは電気製品だけではなく,衣食住の市場にも常に新しい物や体験ができるので,楽しいよね!

2012年1月25日水曜日

除夕の伝説

中国では旧暦の新年である「春節」を過ごします。家や血のつながりを重んじる中国人にとって、大晦日の日、即ち「除夕」を家族みんなで過ごすことは非常に重要です。でも、どうして「除夕」と呼ばれます?一つ伝説があります。
昔あるところに、「夕」と呼ばれる化け物がいました。この「夕」はよく人が暮らしたところに入って、家畜を食ったり、人々を襲ったりなど、悪さをしていました。そこで、人々は天に向かって、化け物を退治してほしいと祈りました。すると、「夕は赤色、火、大きな音を恐れる」という天からのお告げがありました。

 人々はお告げに従い、扉と窓に赤い紙を貼り、赤い服を着、村のあちこちに火を灯しました。そして、ある日の夜、いよいよ「夕」が村にやってきました。待ち伏せをしていた村人たちは「夕」の前に飛び出して、銅鑼と太鼓を響かせました。「夕」はいきなり現れた赤い色や巨大な声に恐れをなし、一目散に逃げてしまいました。
 人々は「夕」に勝ったことを記念するために、この日を「除夕(夕を退治するの意味)」と名付けました。それからというもの、「除夕」の日が来る度に、村人たちは赤い服を着、扉と窓に年画(春節を祝うめでたい図柄の絵。赤い紙で作られる)を貼ったり、爆竹を鳴らすようになりました。これがその後、新年を祝うための風俗習慣となり、今に伝わっています。